Livre Paris見本市とフランスの文学カフェ

2018年03月18日(日)カルチャー 

Livre Parisは1981年に創設された本と出版をテーマにした見本市です。世界の大きな本をテーマにするサロンは、モントリオール、ベイルート、ジュネーブなどで開催されていますが、中でも1・2の本や出版に関する大きなサロンと発展してきたのがこの見本市。2016年からはSalon de Livre からLivre Paris(パリの本)と新しく命名されています。

日本の子供たちと同じく、フランスの子供たちにとっても、バカロレアはその後の進路を決めてしまいかねない重要な試験です。

 

 

Livre Parisとは?

Livre Parisでは、毎年4日間にわたり本と出版に関するイベントが繰り広げられます。当日は通常3000人以上の著者が参加してサインや贈呈をしてくれます。また、講演会やディスカッションもオーガナイズされます。

このサロンは本と出版に関する一般向けのサロンでもあるのですが、同時に本と出版のプロもたくさん集まってきます。原則としてこのサロンでは著作権の譲渡などは交渉されません。その意味ではあくまでもビジネスというよりもカルチャーとしての出会いの場といえるのかもしれません。

 

このサロンの面白い点は、毎年一つの外国の国と町がサロンにより選ばれ、主賓として招待されるのです。そして、その国や町がテーマになって講演会などのイベントが組織されます。それとは別に、自発的に参加する国が50か国を超えます。 2012年には外国の国家として日本が招待されて、町はモスクワが選ばれました。その際には、1994年にノーベル文学賞を受けた大江健三郎が参加してディベートに加わっています。

 

Livre Parisの期間中、フランスの街も文化の街として活気が出て、各自で関連するイベントをオーガナイズすることがよくあります。パリは古い歴史のある街ですから、歴史的ないわれのあるカフェなどがたくさんありますね。 ここでは本や文学に関係のあるカフェをいくつかご紹介します。

 

フランスの文学カフェのご紹介

歴史といえばまず頭に浮かぶのが、Le Propcope でしょう。

パルム出身のイタリア人 Francesco Procopio dei Coltelli が1686年にオープン。Le Procope で現在も同じ位置にちゃんと残っています。

当時から、コーヒーを飲みながら落ち着いて当時の新聞 La Gazette, Le Mercure Galant を読むことができました。ラシーヌ、ラフォンテーヌ、レグナールといった人たちがシャンデリアのろうそくの灯のもとでテーブルについていたのもこの Le Procope でした。

ついで啓蒙時代が到来して、ディドロー、ダランベールといった人々がこの Le Procope を集会場所にして気炎を上げていました。ボーマルシェが『フィガロの結婚』、ボルテールが『オディプ』の成功に気をよくしていたのもこの Le Procope でした。

今日では日本にもファンのいるアメリー・ノトン、マルク・ディユギャン、エリック・エマニュエル・シュミットなどもここによく現れるようです。

 

オペラ座のすぐ近くにあるカフェドラペは1862年にできていますが、それ以来、そのナポレオン3世スタイルを愛する文化人にひいきにされて多くの人々が常用しています。アルフォンス・ドーデ、ビクトール・ユーゴー、エミール・ゾラ、アンドレ・ジッド、プルーストなどです。今ではドルーアンで開かれているゴンクール賞もその第一回はここで開かれました。

 

サルトル、ボーボワールのファンには忘れられないサンジェルマンのLe Café de Flore は1887年にできています。カルチエラタンの中にありますから今でもそのインテリのカフェという面影をしっかりと残しています。モラーが19世紀末にここを自分の書斎代わりに使ったのが最初でしょうか。その後は、アポリネール、フランソワーズ・サガン、ピカソ、ジャコメッティー、ボリス・ビアンたちがここを自分の書斎のように使っています。

 

La Closerie des Lilas も有名ですね。皆さんはヘミングウエイの書斎代わりだったということでご存知でしょうか?新しいところでは、Jean-Edern Hallier, Renaud が入り浸っていたことでも有名ですね。モンパルナスの界隈ですから、ここにも良き時代のフランスの文化人が多く出いりしていました。 ボードレール、ベルレーヌ、ジッド、ポール・フォール、アポリネールたちです。ロシアの革命家レーニンもパリにいた時にはここへよく現れたようです。ヘミングが言っていたようにここでは「パリは常にお祭りだ」という当時に雰囲気がよく味わえたのでしょう。

 

そしてパリの文化カフェとして忘れられないのが、Les Deux Magots です。このカフェの名前は、カフェができる前にそこにあった、お店の名前から来ています。極東の珍しいものなどを売っている店でした。1885年にカフェとなりました。ランボー、ベルレーヌ、マラルメ、サルトル、ボーボワール、ブルトンなどフランスの誇る文化人がここで談論風発の集まりをしていました。日本の画家藤田などもよくここへ来ていたようです。

 

パリ、本、文化―。みなさんも次のパリ旅行の際にはこのテーマで旅をされていはいかがでしょうか?

 

 

テーマ: Livre Paris、見本市、パリ、文学カフェ

 



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