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フランス僧院での隠棲体験記

2017年05月21日(日)


私たちの時代は、情報の洪水と複雑な人間関係の中で生きていますから、ほとんどの人がストレスと緊張に耐えずさらされています。

 

これは世界中がそうなのでしょうね。

最近日本でも、お寺の中あるいは自宅で、写経や座禅の体験のできる研修が提案されています。

 

今回はフランスの僧院が提案している僧院での隠棲生活を体験したフランス人の感想をお伝えします。

 

日本人、フランス人関係なく、同じように現代のストレスにさらされている人々が、どんな悩みの中で生きているのか、また僧院での隠棲生活の体験がどのように生かされ、彼の人生に新しい世界が開けていったのかということを見ることで、一つのヒントが得られるのではないかと思います。

 

日本風が良い、あるいはフランス風が良い、どちらが優れているという問題ではなく、人生の問題を前にした時には、さまざまな感性や文化に接することで、そこから自分にあったものを見つける、あるいはさらに進んで自分にあったものを創造したり第三の道を見つけることが大切です。

 

 

今回のお話にでてくる僧院は、南仏カンヌのクロワゼットの対岸にある島のうちの一つサン・トノラ島にあるレランの大僧院です。

 

 

あるフランスの新聞記者が、ここに一週間滞在して記した隠棲体験記をご紹介します。

 

 

 ***

金曜日

これから1週間精進生活をするのだと思い、船に乗る前に船着き場の近くのレストランで豪華に海の幸と白ワインで昼食をとったのだが、次第に不安に襲われてくる。新しい職場への出発というめでたい機会なのだから、楽しい旅をしたり、タラソに行ったりすればよかったのかも。しかし、新しい仕事の船出に、僕は人生の洗濯をしたかったのだ。

 

それにしてももっと他にやることがあっただろう。美味しいものが好きだし、話すことも好きなんだ。どうしてこんな隠棲の沈黙生活を選んだのだろう。 でも、もう手遅れだ。行くしかない。

 

島につくと、その美しさに僕は打たれた。地中海の中に21世紀になってもまだ旅行者たちに踏みにじられていない自然の残っている島があるのだ。

 

ここにはシトー派の大修道院がある。このシトー派というのは伝統的に偉大な風光の中にその大僧院を建設することが多い。ここもその例に漏れない。

 

大修道院の扉を開けるときには、私は自分の選択が間違っていなかったことを確信した。自分の不安に打ち勝っていた。

 

 私を迎え入れてくれた修道僧戸は、こんな短い会話があっただけだ。

「ここに来たことがありますか?」

「えーと、いいえ」

「隠棲生活の体験はありますか?」

「えーと、いいえ」

 

私は転職をしたばかりだ。

40歳になって人生の大プロジェクトを抱いて船出するのだ。

私の妻が、私の子供が・・・

と、いろいろと話そうと口から出そうになった私を差し置いて、彼は一言、

「あなたの独房へ案内します」

 

驚くと同時にフラストレーションだった。

 

まさに言葉の節約だ。そしてわたしは自覚する。

私がここへ来たのは、よく実生活の中でしていたように、自分を目立たせるためではないのだ。

 

ボランティアの人が私を個室へ案内してくれた。そこには素晴らしい回廊と、緑と、アーケード、そして私の独房があった。

 

独房には、ベットが一つ、椅子が一つ、小さなテーブルが一つ、テーブルの上には、聖書が置いてあった。そして小さな窓、洗面台、クローゼット、壁には木製の十字架が書けてあった。

 

こうしてわたしの精進生活は始まった。

 

 

土曜日

独房に落ち着くと間もなく、鐘がなった。そうだ、ここでは一日7回のミサがあるのだ。もちろん隠棲体験に来ている人はこのミサに出る義務はない。しかしこのミサのリズムで生きることがこの隠棲生活体験を実り豊かなものにするであろうことはすぐに感じられた。

 

ここでは私が神を信じているかどうかは問題ではないのだ。この場所とここの兄弟たちと波長が合うかどうかだと思った。

 

夕飯の時にはまたしてもショックが襲った。

私はもう30年も、食前にお祈りをすることなどしなかったのだ。

そのうえ沈黙を勧められる。

 

私は実生活の中で、テーブルの周りに5人いて誰も話をしなければそれは何か気まずいことがあるからだと思っていた。だから、その沈黙を何とかして破ろうとしたのだ。冗談でも言って場を和ませたり、沈黙の不安から逃れようとした。

 

しかしここでは違った。

自分を律して受け入れるということを学ばなければならなかった。

私はここでは、人とのつながりを作るために来ているのではなかった。

ここでは、私がコンタクトを取らなければいけない唯一の人、それは自分自身なのだ。

 

私はこうしたことには準備ができていなかった。

 

 

日曜日

最所の48時間はそれでも大変ポジティブだったと思う。

グレゴリー聖歌に似た僧院の僧たちの歌は感動的だった。

僧たちの風采や、隠棲生活体験者たちに対するある種の無関心は非常に印象的だ。

 

今日は一人で土地を散歩することができた。アイポッドをもって音楽を聞きながらだ。しかしすぐに私は、自然の海の音や風の音の方が素晴らしいことに気が付いた。

ちょうど私がここへ来る前、ラジオでオリビエ・メシアンが死ぬ前に「人間が作ったどんな音よりも自然の音の方が繊細だ」と言ったという話を聞いた。

 

たくさん歩いてから私は自分の独房へ帰り、読書をして書き物をした。

 

 

月曜日

もう夕飯で気詰まりになることもなかった。隣の僧たちの食堂での朗読が聞こえてくるのが快かった。 私は自分の思考が動くに任せ、テーブルのほかの人々を素直に眺めた。実世界なら、間抜けだと思われるようなことだ。

 

沈黙の中での散策の時に多くの思索が湧いて出るようになった。風の音海の音に注意深くなった。私の精神が溌剌と働いているのを感じた。仕事のこと、家族のこと、そのほかの人間関係のことなどがどんどんと考えられてゆく。

今までは何か一つのことを終わらせるまえに、もう次のことを考え始めていることが多かった。

 

 

火曜日

家族に電話をかけようかと迷った。でもSMSにした。外部の何のニュースもない。なんという平和なことだろう。ラジオもテレビも外部とのコンタクトもない、なんと心地よいことだろう。心地よい、しかし戸惑うことだ。

子供たちも家内も私のことを想っていてくれるのかなあ、と考える。

SMSを送った。「愛しているよ」。そうしたら返事が来た。

「愛してる、って何が言いたいの?」「うまくいっているの?」「僕のこと想ってる?、って何が言いたいの?」

 

 私は自分というものの存在を確認するのにどれくらい家族や親しい人が必要か、つくづくとわかった。それは一種の依存なのだ。無条件ではない愛のように。何かのしるしを求める愛のように。

 

こうした僧院の己に帰れという雰囲気の中で、本当に美しい愛というものは相手を要求の重荷から解放するものだと実感した。

 

 

水曜日

もうミサの最中も気兼ねしなくなった。もちろん私は僧たちのように理解することもできないし、彼らのような信仰心もない。今日の夕飯は日本へ旅行した僧の体験談を聞いた。私はアジアが好きだしそこでしばらく生きていたこともある。日本では、この僧院の僧は座禅の経験をしてきたということだ。そこでは地味で完結で欲望の昇華ということが言われていたらしい。本当の創造へ導く道であるのだが、それは今まで私が経験していた実生活とは正反対のものだ。

そこでは私は、情報の大きな流れの中で自分を見失い、バランスを失ってしまっていたのだ。

 

 

木曜日

明日はもう実生活に戻るのだ。最後にもう一度散歩してくることにした。

アイポッドを持って出た。音楽が違って聞こえる。まるで初めて音を聞いた人間のような気がする。こんなに音楽に集中して聞けたことは初めてだった。欠如を受け入れるということは、思いやりや注意力あるいは集中力をこんなにも育てるものなのか。

 

 

金曜日

家に帰る。子供が言う。「パパがいるね」。

今度の体験をする前は、子供によく言われた。

「パパは、今いないんだね。」

考え事をしていて、子供に注意がいっていないことが多かったのだ。

でも子供たちは、もう「パパ、いないんだね」とはいわない。

 

私はここにいるんだ。

 

***

 

いかがでしょうか?

みなさんも、自分自身を振り返って、この記者と同じような日常や心理状態を経験しているのでは?

僧院という普段とは全く異なる生活が、生きるとは何かを気づかせてくれるのでしょうね。

また、日本の禅の体験とかなり共通する部分があるのも面白いです。

 

レランの大僧院のように、フランスには宗派や信仰に関係なく隠棲生活を受け入れてくれる僧院がいくつかあります。

フランスの僧院で心の洗濯をしてみたい、という方は、お問い合わせください。

 

 

テーマ:隠棲生活体験記、フランスの僧院、禅との関係